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『観察』

映画『観察』の感想を書き留めておこうと思います。

『観察』
この映画お部屋に遊びに来てくださるkazukoさんがだいぶ前に勧めて下さってすぐに観たんですが感想を書きのがしておりました。
そういう映画かなり多いです。最近。
やっぱり物理的に全部は書けないんですよね。
ちゃんと書こうと思うほど書けない。
何か遅くなった言い訳臭いですね。(笑)
はい、言い訳です。(^_^;)

というわけで感想を。

ネタバレいっぱいです。

詳細はこちら。

http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=8608


人の人生は1人1人道があって、何処かで交わったり、離れたり、そしてまた交わったり。
いや、メビウスの輪のように表裏違う道を歩いているつもりでも、実は同じ道を歩いているのかも。
出会うことはなくても。
主人公2人を眺めながらそんな不思議な感覚に囚われました。

映画やドラマでは主人公2人が出会って共に時を過ごし、別れの時をむかえる。
それがオーソドックスな流れでしょうか。

それからするとこの描き方はかなり実験的です。
この物語は二部構成。
主人公茂樹の人生と主人公弥生の人生。順番にそれぞれの人物の人生に焦点を当てて描かれます。
映画冒頭で出会う少年と少女。
出会うと表現するには2人の間にはあまりにも距離があるんですが。
その物理的距離はさらに遠ざかり。
そして
茂樹は少年から大人になります。
大人になった彼は定職にもつかず住まいも転々とする生活をしています。
家に帰って食事もそこそこに望遠鏡を覗き込む。
レンズの先には成長した彼女。
一言も言葉を交わしたことがない彼女が静かに生活している姿をただただ1人自分の人生もそこそこにただ静かに眺める毎日。
覗くというよりは眺める。
うーん。確かに『観察』かな。
彼が定職に就かず、定住しない理由がわかったときは私は正直とても怖いという感情が先に立ちました。一種ストーカーに近い感覚です。
別に危害を加えなくても夜も昼も人の生活を覗くことが果して許されることなのか。
彼は決して性格破綻者でも変態でもないと思うのですが、何故こんな人生を選ぶことになったのか。
望遠鏡をとりつかれたように覗き込む彼を眺めながら悲しいというか、哀れに思った気がします。
だからひょんなことから彼に家族が出来たときは良かったなぁと思ったのに。
彼は彼女と出会った10才のまま。
息子が産まれても、愛してくれる妻がいても。
家族に秘密のまま彼女の生活を観察し続ける。
そしてそんな生活は破綻を迎え、家族は消える。
壊れた望遠鏡を眺め、ひとりぽっちの部屋に佇む。

自分の人生について
家族について
彼女について
何について何を考えていたのかわからず。

そして宅配便が届く。

中身は…。

この映画が驚くべき点はここまで観た印象がこの先描かれる彼女の人生を観ることにより一変するところ。

彼女は彼が自分を眺めていることを知っていて、眺められることを張り合いに生きてきたというか。
何処かで彼が私を見ていてくれる、見守っていてくれる…そんな感覚でしょうか。

彼女が望んでいたという事実がわかるだけで、モノクロだった彼の人生が急に総天然色に変わるような…。
彼女の日記を手にして泣き崩れる彼。

彼に家族が戻るわけでもなく、彼女が蘇るわけでもなく、彼女に触れられるわけでもないのに、その彼の姿が何とも幸せそうに見える。

別々の道だと思っていた道は実は繋がっていた…いや、同じ道を共に歩いていた喜びってことなのかな。

誰も実世界ではハッピーじゃないのに
何となくハッピーエンドなような。

彼女の人生と対峙してはじめて彼の人生が始まるような。
止まっていた時計が動き出すようなそんな印象でした。

人や物との距離感がわからない弥生が描く絵は彼女の人生を象徴している。
きっと望遠鏡で覗き、眺められる距離が彼女には快適だったのかもしれない…そんなことを思いました。

さて。

この映画を観て私が何を思ったかですが。

寝食を忘れて彼を眺め続ける。
来る日も来る日も。
何か2人の間に起こることを期待しているわけではなく、言葉を交わすことも触れることも一生ないにしろ、ただ眺めずにはいられない感覚。
わかるわ。(笑)

そして。
眺められ、自分が愛されていることを自分が間違いなく生きていることを、自分が誰かの人生の中にいると感じることがクセになる感覚。

何処か何かに似ている気がする…。

眺めることが形として報われることはない…私はそう思っています。
そもそも眺めること自体が快楽なのだからその先はなくていい。
もし報われるという意味をもっと広く考えるのであれば、
何処で何によって自分の気持ちに折り合いをつけるか…ということでしょうか。
つけられないと彼のように時が止まったままの人生になってしまう気がしてとても辛いかもしれない。

そして今は
私は趣味で星を眺めるように、
彼を眺められたらいいかなぁ…と思っています。
彼は星に例えるに実に相応しい。

kazukoさん、ご紹介ありがとです。
とても面白かったです。

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19:27 | 映画 | comments (2) | trackbacks (0) | edit | page top↑
『ワンピース』と『冷たい雨に撃て約束の銃弾を』の共通項は…なんだ? | top | 活動屋バンザイ!『剣岳』を観る。

Comments

# 映画、観察。
haruさん。お忙しいところ、感想を書いてくださり、本当にありがとうございます。

観察とは、本当に良いタイトルです。これ以上でもなければ、これ以下でもない。一見冷たく感じる、観察というテーマ。でも、そこには、確かにつながっている愛があると思いました。

忙しい父と、なぜか、自分を愛してくれない母。人間の暖かさと無縁に育った彼女には、人とどう接してよいかわからないのです。病気がさらに、輪をかけて、人との距離感を作り出します。外をぼんやり眺めている彼女にとって、きらっと光る光は、もしかしたら、太陽のように暖かかったかもしれません。その心地よい光に照らされているときだけ、人の温かさを感じたのかもしれません。その光の先には、男の子が居て、いつも自分を眺めてくれている。自分は、この世に生まれて来てよかった。必要な人間だと初めて感じたと思うのです。
ふたりを繋ぐ、ある瞬間の出来事と、そのときの歌が、どんなに遠く離れていても、つながっているような気がしたのだと思います。そして、住所が変わるたびに届くはがき。そして、窓を開けると、いつも感じる、暖かな視線。
結婚してから、きっと、彼女は、忘れてしまっていたのだと思うのです。けれど、あの歌を聞いて思い出したのです。彼は、ずっと、近くに居てくれたのだと。そして、自分の寿命もわかっていて、最後に、彼に自分の生きた証の、ノートを託したのだと思うのです。
彼女は、彼が居ることで、生きていて良かったと思えたのです。そして、彼もまた、自分が生きるために、とても彼女が必要だったのだと思うのです。
実は、彼だけが彼女を観察していたのではなく、彼女もまた、彼を観察していたのだと思います。いつでも、ふたりは、同じ気持ちを持ち続けていたのです。

この映画の監督は、とてもロマンチストだと思いました。そして、愛というものは、形ではなく、その人をどれだけ愛すことができるかという、感情というか、気持ちを、表しているような気がしました。
ノスタルジーと、海から吹く、波の音を感じる風を感じました。
by: kazuko | 2010/05/20 22:56 | URL [編集] | page top↑
# 私も距離感がつかめない人
kazukoさん、お返事ありがとうございます。
なんか、kazukoさんの感想を読んだら自分の書いたことが感じたことが薄っぺらくて嫌になってしまいました。(T o T)
で、もう一回見直してみたり。(笑)
あんまり変わりませんが、お返事を。
この映画
「バンジージャンプする」を観たときの印象に似ています。
純愛、愛の形、愛さずにはいられない想い。
初見時、そんな想いを感じながらも、私の倫理観は彼らを受け入れられなかった。残された妻子、家族はどうしたらいいのだろう…。
現実の有形の世界ばかり気になり、本質を見失う…。
今この映画を観て同じように感じる私はまた頭が硬くなったかなぁと進歩のない自分の感性にげんなり。
でも受け入れられないわけではなく、
こんな愛もあり、時に愛は恐ろしく残酷だか、恐ろしく甘美なのかもしれないと思えた作品でした。

見直しても
彼と彼女との距離感がつかめない私なので、こんなお返事ですみません。
by: kazukoさんへ | 2010/05/23 08:47 | URL [編集] | page top↑

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